貧困は自己責任!?

このような活動をしていると時折、様々な方からこんな疑問をいただくことがあります。
「貧困の状態にあるのは自己責任ではないか。」「貧困な家庭でもしっかりと努力をして立派になっている人もいる。」
確かに働く能力がありながら働かずに貧困な状況にある人が存在することは否定できません。また、貧困な家庭環境にあっても努力を重ね、立派に成長している人は大勢います。ただ、私たちは貧困の問題を単に個人の努力や責任の問題に帰結してしまうことに違和感を感じています。


貧しい中にあっても立派に成長した方々がおられることは否定しませんし、その方々の努力には大変な敬意を覚えます。しかし、私たちが問題だと感じているのは、そのような人たちの比率です。


近年の様々な研究によれば、親の所得と子どもの学力との連関関係が明らかになっています。親の最終学歴と子どもの学歴との関係。親の所得と子どもが成人した後の所得。それらについても連関関係があるといわれています。これらの調査はすべて統計処理されたものです。したがって、所得の低い親の子どもの中にも成績のよい子どももいれば、そうでない子どももいます。逆に所得の高い親の子どもの中にも成績のよい子どもとそうでない子どもがいます。それらを統計的に処理した結果、所得の高い親の子どもは学力が高く、そうでない家庭の子どもは学力が低いとの結果がでています。


この結果を見る限り、私たちは親の所得という子どもの責任の及ばない原因で、そもそもの機会やスタートにギャップがあると考えています。貧困な家庭の子どもであっても立派に成長した方々が大勢おられると思いますが、家庭が貧困であるが故にそうでない家庭の子どもに比べてより多くの努力が必要です。これはある意味において機会の不均等であると考えています。


自由主義社会の我が国において、個人の努力や責任が尊ばれ、努力した人が報われる社会は望ましいものです。しかし、それが成立するためには少なくともスタート地点において機会が均等に与えられることが必要だと思っています。


高校進学率が90%を超え、中学校3年生においては80%以上の生徒が塾、習い事、通信教育などの学校外サービスを受けている状況のなかで、経済的な理由によってそれらが困難な状態にあるということは、人生のスタート地点において大きなハンディキャップを負っていることになります。


私たちは市民の皆さんの支えによって、こんな子ども達のスタートを同じくさせるような活動を行いたいと思っています。皆さんのご協力をよろしくお願いします。



子どもの貧困の現状と課題